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エスカレートを助長する!メンタル系ライフハックの危険性

エスカレートを助長する!メンタル系ライフハックの危険性

ストレスに対処するためのハウツーを語るメンタル系のライフハックに触れる機会は様々な所にあります。

しかし、そうしたライフハックを実践することで却って事態を悪化させることがあるとしたら、果たしてスナック感覚でライフハックという情報を摂取していてよいのでしょうか。

お手軽なライフハックという情報スタイルの特徴と、その危険性について詳しく見ていきましょう。

お手軽なライフハックの氾濫

働く人がストレスに対処するための様々な「ライフハック」「ハウツー」あるいは「金言」といったものが、ブログやSNSを中心に大量に発信されています。

その内容は多岐にわたるものの、ライフハックにはとにかく手軽さが求められるという事情があるためか、すぐに実践できるように「個人」に焦点を当てたものが多く見受けられます。

例えば「職場に苦手な人がいる」という悩みには「その人の良いところだけを見よう」というライフハックが、「理不尽な上司に疲れた」という悩みには「気にしないようにしよう」というライフハックが、「嫌がらせをしてくる同僚に困っている」という悩みには「関わらないようにしよう」というライフハックが、一問一答形式で用意されているといった具合です。

上記のようなライフハックは、悩んでいる人自身が何の準備もなく簡単に実践できてお手軽です。藁にもすがる思いで事態を打開するヒントを探し求めている人の需要に直接応える情報であるとも言えそうです。

ささやかな抵抗が招く破滅

しかし、個人に焦点を当てたライフハックは、それを実践することで事態を悪化させる危険があります。

ここで私が言いたいのは、「そんなに簡単に気にしないことができるなら最初から苦労しない」といったような事ではありません。役に立たないライフハックは、事態を良くもしないが悪くもしないという意味で、無価値ではありますが有害ではありません。

上司によるパワハラや同僚によるいじめなど、悪意ある執拗な攻撃を受けていることが悩みの原因にある場合、ライフハック的な「ささやかな抵抗」は事態を悪化せさ、破滅的な結果を招く場合があります。

いじめ加害者の心理は比較的よく研究された分野です。加害者は何らかの無力感や無能感にさいなまれている場合が多く、ターゲットを思いのままに苦しめることによって「自分の絶大なパワー」を確かめたいという欲求を持っています。

彼らの目的は「自分のパワーを確かめ、欲求不満を癒やす」という所にあります。「他人をいじめ、苦しめる」というサディスティックな行為それ自体は目的ではなく、自分のパワーを確かめるための手段に過ぎません。

したがって、自分のパワーを確かめるという目的が達せられない限り、いじめが止むことはありません。ターゲットが苦しみ、絶望するまで「これでもか、これでもか」と除々にエスカレートしつつ、執拗に攻撃は続きます。

こうしたいじめのメカニズムを理解すれば、ライフハック的な「ささやかな抵抗」の危険性も理解できます。

「いじめてくる人と距離をとる」「パワハラ上司を気にしない」といった行為を実践すれば、加害者は自分のパワーを確かめられなくなるか、少なくとも自分のパワーが弱められたように感じます。加害者は怒りを爆発させ、ターゲットが「気にしない」などと言ってられないような事態になるまで攻撃を強めることでしょう。

事態はどんどん悪化していき、最悪の場合は追い詰められた被害者が自ら命を断ってしまったり、加害者への決死の暴行に及んだりします。

ライフハックを実践することが、自ら進んで事態を悪化せてしまう結果になることもあるのです。

組織を射程に入れて考えよう

会社で感じるストレスには、組織風土や組織構造が関与している場合があります。というより、ほとんどのストレスの原因に組織要因が関与しているからこそ、個人で解決することができず「悩み」として抱えることになってしまうというのが実情でしょう。

同僚のいじめには、いじめを助長する組織風土が存在していることが原因かもしれません。パワハラ上司の問題は、攻撃的な人物に会社組織が権力を与えてしまったのが引き金になったかもしれません。

こうした問題は、「組織」を考察の射程に入れないと分析することができません。そして多くの場合、個人が単独で「お手軽に」解決することは難しいと言わざるを得ません。

つまり、「組織」が関与する問題は分析も対処も複雑になってしまい、「ライフハック」という情報のスタイルと本質的に相容れないのです。

一方で、きちんと時間をかけて分析し、組織的な要因に思い至れば、必要なのは「ささやかな抵抗」では無いことが分かるでしょう。休職や転職で会社から離れて自分の身を守ることであったり、公権力の介入も視野に入れた大胆な行動であったり、方法は人それぞれにしても、「個人」しか考慮に入れていないライフハック的対応より適切に行動できます。

ライフハックを発信する人々は本当に善意から発信していたり、自分の経験を根拠に発信していたりするでしょう。しかし、発信する側の善意は、実践した結果を何ら保証しないことを、私たち情報の受け手は理解しておかなければなりません。

お手軽さに安易に飛びつくのではなく、自分の置かれた状況を冷静に見つめた上で情報を取捨選択できるリテラシーが必要なのです。

参考文献

内藤 朝雄(2001)「いじめの社会理論」柏書房
A.O.ハーシュマン(矢野 修一訳)(2005)「離脱・発言・忠誠」ミネルヴァ書房
マックス・シェーラー(飯島 宗享ほか訳)(1977)「シェーラー著作集4 価値の転倒(上)」白水社


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