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職場での付き合いが重苦しくなる根本原因とは?

職場での付き合いが重苦しくなる根本原因とは?

職場での人間関係は、なぜ多くの人に重苦しく窮屈なものに感じられるのでしょうか?

真面目な人は、「会社に馴染めない自分が悪いんだ」と考えてしまいがちですが、本当に個人の人格的な問題なのでしょうか?

実は、職場での付き合いが重苦しく感じられることは理論的に説明可能な現象です。誰にとっても重苦しい感じを与えるメカニズムが、そこには存在しています。

相互不信の原因となる社会的不確実性

会社組織で働くということは、抜き差しならない利害関係の網の目に埋め込まれるということを意味します。

上司と部下、ライバルの同期、営業一課と営業二課、営業部と経理部など、様々なレベルで「互いの行動が互いの利益を左右する」という利害関係が、会社には存在しています。

利害関係に絡め取られた生き馬の目を抜く環境では、お互いに相手の腹を探り合うことになります。つまり、「誰が誰の敵になった」「誰が誰を出し抜こうとしている」「誰は誰のことを心から信用している」などの相手の意図に関する情報が、会社組織の中で自分がひどい目にあわないために必要になります。

しかしながら、「相手の意図」など簡単に分かるものではありません。

このような「相手の意図に関する情報が必要であるにも関わらず、情報が不足している状態」を「社会的不確実性が高い状態」と言います。

コミットメント関係と不確実性の低減

社会的不確実性が高いままでは、お互いに裏切られることを心配しながら働かなければいけません。このままでは効率性も何もあったものでは無いので、何らかの方法で社会的不確実性を低減させる必要があります。

社会的不確実性を低減させる方法には様々なものがありますが、日米の比較研究により、日本では「コミットメント関係」を構築することで社会不確実性を低減させようとする傾向が強いことが分かっています。

コミットメント関係とは、特定の相手との継続的な関係性や情緒的な関係性のことです。

コミットメント関係で結び付けられた仲間の内では、継続的な協力関係の方がトクであるために裏切りの心配が無くなったり、深い情緒的な結びつきにより「自分は裏切られないだろう」と信頼することができるようになります。

コミットメント関係と日本企業

効率的に事業活動を営むために、会社は労使間のコミットメント関係構築の推進はもちろん、社員同士の間にコミットメント関係が構築されて疑心暗鬼が解消されることを望みますから、コミットメント関係が築きやすくなるような様々な制度が、陰に陽に生み出されていきます。

例えば長期雇用の慣行は、人材の流動性を低くすることで社員同士が自然と長期志向の関係構築を行うようになるため、コミットメント関係構築の前提となるものです。大企業では今でも「生え抜きびいき」の慣行がありますが、これはコミットメント関係に基づく「仲間びいき」の当然の帰結です。

また、社宅制度は社員同士で家族ぐるみの付き合いを行うことを助長します。会社や職場の仲間を裏切るようなことをした社員の家族は白い目で見られることになりますから、これは家族を人質にとってコミットメント関係を強固なものにする効果があります。

このほか、飲みの付き合いや、ゴルフなどのオフの付き合い、付き合い残業やサービス残業なども、「自分は心の底からコミットメント関係に愛着を感じており、休みやお金を捨ててでも、会社や仲間のために時間を使っている」という忠誠心を表明するために必要な儀式として理解することができます。

コミットメント関係に埋め込まれた毒

上記のように、社会的不確実性を低減して相互不信の状態を克服するために、コミットメント関係が利用されています。

しかし、いくらコミットメント関係を強くしても「これで100%完全に疑心暗鬼の危機は去った」と言えるわけではありません。したがって、要求される忠誠心の強さ、あるいはコミットメントの深さには、際限がないのです。これはすなわち、お互いの内心を探り合い、全人格的にコミットメント関係に忠誠を誓っているかどうか、常に試される続けるということを意味します。

また、職場にいる人々は「偶然同じ時期に同じ会社に所属して働いている」だけの赤の他人です。当然、気の合わない人も居るものです。にも関わらず、全人格的なコミットメントを要求されるため、「嫌いな人とも家族のように仲良くする」ことを求められる傾向があります。

この「際限無く忠誠心が試されること」および「嫌いな人とも家族のように仲良くするべきだという規範」が、程度の差はあれ、会社組織におけるコミットメント関係に必ず伴う「毒」となります。

この毒が、多くの人が職場での付き合いを「重苦しい」と感じる根本的な原因の一つになっているのです。

重苦しさのメカニズムを理解しコントロールする

職場での付き合いを「重苦しい」と感じることは、コミットメント関係による社会的不確実性の低減に必然的に伴う毒であることが分かりました。

したがって、職場の付き合いを「重苦しい」と感じる自分を責める必要はありません。

職場の付き合いが重苦しいと感じられるのは理論的に説明可能なメカニズムであって、自分の性格が悪いとか、人格に問題があるとかいうことではないのです。職場の環境から生じる圧力に対する当然の反応として、重苦しく感じているだけです。

一方で、経営者や管理者は、社会的不確実性の克服のためにコミットメント関係に頼りすぎることのデメリットを理解しなければいけません。

過度のコミットメント関係は虚礼的な忠誠心競争を惹起し、従業員を疲弊させ、却って事業の効率性を損なうのです。

毒があることを理解し、適切な程度にコントロールすることが、会社の利益と従業員の福祉のために必要なのです。

参考文献

山岸 俊男(1998)「信頼の構造」東京大学出版会


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